『進行方向左への期待』
十文字学園女子大学 教育人文学部文芸文化学科 3年
伊藤 萌佳
進行方向左。
それが通学するときに乗る電車内で向く方向である。別に右を向きたくないわけでも左を向きたいわけでもなんでもないが、ただなんとなくいつも左側の車窓を見ているような気がする。
朝、中央線の西国分寺駅から武蔵野線に乗り換えて、夏は天国、冬は地獄な車内へ吹き荒れる風と共に十文字学園女子大学の最寄り駅である新座駅へ向かう。視線は時速数十キロで流れ続ける家々や畑…自然に釘付けだ。毎日見ているものはほとんど変わらないはずなのに、見続けるのは惰性か習慣か。何にせよその眺めている時間が少し気だるい通学において唯一の癒しなのだ。そしてこの癒しは授業を終えて帰る時間も変わることはない。もちろん帰りの進行方向左というのは、行きとは反対側を見ることになるのだが、私はこの帰宅時の景色が特段好みだ。
ある春の日の夕方、私は大学から帰宅しようと電車に乗り、不安定に身体を揺らされることに耐え忍びつつスマートフォンで授業課題に取り組む。オレンジのラインが引かれた電車は新座駅から東所沢駅へと向かう。課題入力が一段落してふと顔を上げた刹那。それは突然現れた。柳瀬川だ。そして川に沿って連なるように咲いた満開の桜が、目が眩むような圧倒的な存在感を放っていた。
柳瀬川は狭山湖を水源としており、埼玉県と東京都を流れる全長およそ20キロメートルの一級河川である。昭和30年代は高度経済成長で宅地化が進み、家庭からの生活排水を柳瀬川に流すようになった影響でひどく汚れていたようだ。しかし、下水道の整備が行われ、地域の人々の努力によって水質が改善され、現在では様々な魚や水鳥が棲むようになったそうだ。
そんな柳瀬川と桜並木を初めて目にしたときの光景は1年近く経った今でも鮮明に覚えている。車内のざわつきや電車の走る音すべてが消えた瞬間。あれは確かに一目惚れだった。それから私はたった数秒だけに期待するようになった。春は桜並木に、夏は青々とした河原に、秋は高い空とのコントラストに。
そして、この“トラベルライティング”を執筆するにあたり、私は冬の柳瀬川に降り立った。冷たい風に身体を強張らせながらしばらく河原を歩き、いつもの車内から見える位置に到着すると階段の上から川を覗き込む。するとそこにはダイサギとコサギが合わせて10羽ほどいた。あぁなんと美しい純白だろうか。時速数十キロでは見えない景色があったのだ。そして数分ごとに移動する白鷺を撮影しようとおよそ15名のカメラマンが三脚に取り付けた50センチほどの超望遠レンズを抱え右に左に走っている光景がなんともシュールで面白いと思った。撮影が落ち着いたようだったカメラマンの内のひとりに声をかけて話を聞いてみたところ、毎週決まって同じことをしているらしく、メンバーに関しても、増減はするが基本的に同じメンバーで白鷺を追いかけているらしい。皆で集まり撮影をする時間が幸せだとも言っていた。こうして私の冬への期待は人々に対するものとなった。
私は電車から見る景色が好きだ。普段は遠く感じる光り輝く朝日や夕日、月がなぜだか近くに感じられることも魅力だと思う。平坦な道を歩いていたら見えない遠くのものが見えるし、人々の営みや自然という他には代えがたい美しさを垣間見ることができる。知らなかった町を、新座全体の町並みをざっくりと知るにはちょうどいい。もちろん、電車から離れて実際に柳瀬川に行かないと知ることができなかった光景があったように、自分の足で散策することが大切であるのは事実だ。とは言え、電車に乗らなければ、車窓から外に意識を向けなければ、川の存在にすら気が付かなかったかもしれない。
新座にはまだまだ魅力的な場所が数多くあることを私は知っている。今度はどこに降り立とうか。進行方向左に期待して。