『時の芸術ー野火止用水ホタル紀行』

立教大学観光学部観光学科2年
西井 悠眞

 

 足元をなでるように、せせらぎが流れていく。野火止用水。ここは新座市。
 五月の終わり、最盛期を過ぎたゲンジホタルに、わずかな希望を抱いて私はこの懐かしき流れに沿った。

 細く静かな水路。道端の草に風が揺れ、平林寺の木々達がこれでもかと存在感を出している。日が暮れきるとあたりは明かりがなくなり真っ暗となる。怖がりな私はこの暗闇に少し恐怖を覚えた。 「君に会いたい」その一心で暗闇を突き進んだ。

 ふと、目の端に淡い光が灯った。ひとつ、またひとつ。
 草の影から、かすかな命の灯が浮かび上がっていた。
 数は多くない。けれどそのひとつひとつが、目を凝らした者にだけ姿を見せる、儚い奇跡のようだった。

 「これが、野火止用水のホタルか」
 私はつい口をこぼした。地元で有名ではあったものの私は野火止用水で生きる君を見たのは初めてだった。興奮する我が身を抑えて、数少ない君を目で追った。

 東京からほど遠くない都市部なのに、時間がゆるやかに流れている。
 川は語らない。ただ静かに過去と今をつなぎ、命のやりとりを続けている。

 近くを通り過ぎた親子の会話が、耳に残る。
 「二匹しか見られなかった」「でも見られてよかったね」 「たくさんいたらどうなるのだろう。」
 終わりの季節だからこそ、そこに宿る尊さがある。
 華やかな盛りではなく、消えゆく前の静かな瞬き。
 私は終始感動した。

やがて、光は一つ、また一つと消えていった。
まるで約束の時間を終えたかのように。
 それを「終わり」と呼ぶにはあまりに静かで、「別れ」と呼ぶには少し温かい。
 ホタルは死ぬのではない。あの世を照らすわけでもない。ただ、水の中で、また光の芽を育てているのだ。
 流れの底で、また巡る次のその時を待ちながら。

 帰り道、家に近づくにつれ色んな光が目に入ってきた。いつもの光だ。
 けれど、さっきまで見た光は、まだどこかにいる。
 それはもう見えない光。
 私の中では、また会えるその時まで煌々と光続ける。