『あの夏がやってくる』
立教大学観光学部観光学科2年
田口 俊太朗
きっかけは友人からの誘いだった。1年生の春、大学生活にまだ慣れておらず期待に胸を膨らませた私はどのサークルに入ろうかと悩んでいた。サークルという大学生っぽい響きに私は惹かれたのである。しかし、私が思っていた以上にサークルというジャングルは奥が深く、正直なところ右も左もわからずに決めあぐねていた。そんな時にボランティアサークルに一緒に入らないかと誘われたのである。私は子供が好きなこと、そしてどこのサークルに入ればよいのかわからず少し気が滅入ってきていたこともあり入ることに決めた。その日からは楽しい毎日が訪れるかと思われたが、人生そううまくはいかないものである。長い長い100分間の講義や慣れない電車通学、だんだん気が滅入ってきていた頃に転機は訪れた。初めてサークルでの活動に参加できることになったのである。迎えた当日、子供とうまく関わることができるか不安であったが、いざ活動が始まると子供たちは太陽のような笑顔で私に話しかけてくれ、あっという間に時間は過ぎていった。講義ではあんなにも長かった100分があんなに退屈だった100分が、子供たちと過ごしているとまるで急流のごとく流れていく。太陽のようなあの無邪気さに私はその日、確かに救われたのだった。そうしてボランティア活動に精を出していた6月のある日、サー長から東3丁目の夏祭りに参加しないかと誘われた。私は地元が深川でかなり祭りが身近な町の出身であるため、祭りは大好物だったのでもちろん了承した。そうして迎えた7月21日、私は少し緊張していた。サークルの仲間たちもいるので決してひとりであるということはないのだが、それでも私は町の人間ではない部外者。本当に祭りに馴染み楽しむことができるのか不安だったのである。しかしながらこの不安は全くいらない感情であったことが会場である東3丁目集会所に着くとすぐに分かった。東3丁目の人々は全く見知らぬ大学生である私を快く受け入れてくれたのである。そこからの時間は私にとって特別な時間となった。集まった人々と一緒に太鼓を打ち鳴らしながら町内を練り歩くと私も町の一員になれたような気がしてかなりの猛暑であったが気にもならなかった。そして練り歩きが終わった後は屋台でかき氷造りに精を出した。運んできてくれる氷をかき氷機で削り、シロップをかけて祭りに参加している子供たちに手渡す。かき氷に目を輝かせる子供たちの笑顔が私にとって何よりもご褒美であった。そうして時間が過ぎていき気づけば時刻は夕方に差し掛かっていた。楽しかった時間ももうすぐ終わりかと、黄昏色に染まっていく空を見上げながら少しばかりセンチメンタルな気持ちに浸っているとアナウンスが流れてくる。祭りはまだ終わらない、今回の祭りの目玉である大盆踊り大会が待っていたのである。聴き覚えのあるようでないような、しかしどこか懐かしい気持ちにさせる曲が広場に響き、町民の人々が踊りだす。子供から大人まで老若男女問わず、輪になって盆踊りを踊っている。なんと美しい光景だろうか。私は平和の尊さを思わず噛みしめながらその楽しさに誘われて輪の中へと入っていった。勿論振り付けなど覚えているわけがなく、着物を着たいかにも玄人ですよと言わんばかりのおじい様、おばあ様の踊る姿を見ながらなんとか食らいつく。しかしながら、彼らの洗練された踊りには手も足も出ず、盆踊りが終了するまで不格好な踊りを公衆の面前で披露し続ける羽目になってしまった。少し恥ずかしかったがそれでも町内の人々と一緒に精一杯盆踊りを踊っている中で私は私を町の一員として受け入れてくれているようなそんな不思議な気持になることができ、本当に充実した楽しい時間となった。今年も6月の下旬に差し掛かり、暑い夏がやってくる。普段ならば早く過ぎてくれとそう思うだろうが、今年は違う。今年もあの夏祭りがやってくるのだ。7月20日に、あの思い出の日がまたやってくる。そう思うと、この暑い夏もなんだか許せるような、そんな気がした。
