『新座市より、森の演奏会の招待状です』

立教大学観光学部交流文化学科2年
川本 莉子

 

 6月11日午後。空はどこか落ち着かない鉛色に染まり、梅雨の足音がすぐそこまで響いているようだ。気が付けば、私はパソコンと8時間にらめっこしていた。そっとパソコンを閉じる。途端にタイピング音が消え、机の上にしんと静寂が戻る。疲れた心がふと、「自然を感じたい」とささやいた。ふと気になって学校外で休憩できる場所をスマホで調べる。ふいに見つけた場所―北野三丁目憩いの森。家に帰るまでの道のりで束の間の安らぎを探しに行こう。長い時間身を預けていた椅子から体を起こし、私は歩き出した。
大学から志木駅に向かう慣れ親しんだ帰り道。次の予定、次の課題、電車の時間...何かに追われながら歩くいつもの道だ。でも今日の自分は違う。右に曲がるはずの交差点を初めて左に曲がってみる。私は駅と大学しか行き来したことのない新座初心者。いつもと違う道を歩く、たったそれだけで心が小さな冒険に震えた。「ばいばーい!また明日ねー!」午後の昼下がりということもあり、ランドセルを背負った小学生たちが家路についている。ぼんやりと彼らを眺めながら歩いていると、ふと自分が小学生だったころの記憶が胸の奥によみがえり、なんだか懐かしく、くすぐったくてあったかかった。少し迷いながら北野の住宅街と新座市立東北小学校を通り過ぎると、静かに北野三丁目憩いの森が私を待っていた。近づいてみると緑の香りがふわっと鼻を通り抜け、さわやかな風が頬をなでる。柔らかな午後の光に照らされ、木々が幸せそうに笑っていて私まで笑みがこぼれる。森が息をしているのだ。森の中に入ってみる。「...。」足元に広がる土が絨毯のようにふかふかで、足裏を優しく包み込む。ただ歩くだけなのに、自分の心の中にあるざわざわが、ゆっくり、ゆっくりと溶けていく。カサカサと木の葉が歌い、ちゅんちゅんと小鳥がさえずりで重ねる。指揮者はいない。譜面もない。だけど確実に、自然だけの小さな演奏会が開催されていた。森を一歩ずつ踏み入れるごとに街の喧騒は遠のき、どこか懐かしい緑豊かな空間に包まれ、ほんの数分歩いただけで心がふっと軽くなった。街並みに溶け込み地域の人々に愛されているであろう、小さな緑のオアシス。私はまるで地元民にしか知られていない宝石箱のような、大切に温められて輝く場所を見つけたような感じがした。森を後にして、志木駅を歩きながら、私は森の演奏会を回想する。カサカサ、ちゅんちゅん。静かな余韻が、心の奥で、小さくなり続けている。息詰まったら、また来よう。そんなことを考えながら私はいつもの帰り道へと戻った。
 北野三丁目憩いの森は観光地ではない。きらびやかな場所でもない。ただただ、住宅街にひっそりとたたずむ小さな秘密基地のような空間。たった一度、通学の道の曲がり角を変えただけ。大学から歩いてわずか6分。それなのに、ほんの少し歩くだけでまるで森が私のためだけに、演奏会を開いてくれる。木の葉のささやき。鳥たちの歌声。あまりにも自然で美しい旋律を私は全身で味わった。あなたも―。せわしない毎日に心がそっと深呼吸できる、この場所に、立ち寄ってみてはいかがだろうか。新座市には、北野三丁目憩いの森の他にも本多一丁目憩いの森や新堀一丁目憩いの森、堀ノ内二丁目憩いの森など街の中に小さく息づく、素敵な緑の空間が点在している。新座市は駅と住宅街がある都会的な表情と、そっと息づく緑の時間を兼ねそろえた街だ。バタバタと忙しい日々を過ごす私たちに寄り添ってくれるそんな場所。それぞれ違う表情を持つ、とても魅力的な憩いの森たち。心をゆるめる場所は目と鼻の先にある。あなたがまだ知らない、お気に入りの森もきっとすぐ、そこに。