『まちの生命はその血脈に宿る』

立教大学観光学部観光学科2年
仁平 葉月

 

 ”まちが生きている”とは、どういうことだろうか。私が知らないまちの一面。そこに、その意味が宿っている__。
 その日は、雨が降っていた。握っている傘の柄から少しばかり強気な雨粒たちの振動が伝わってくる。その音と振動とを心地良いと感じる余裕は私にはなかった。なんてったって、この道の狭さだ!私が歩いているのは立教大学から新座駅方面へと向かう埼玉県道40号線。普段志木駅から立教大学へ通っている私には完全に”未知の道”だった。傘が電柱や標識に引っかからないよう四苦八苦しながら歩みを進める。若干、徒歩での移動を後悔しながらも、周りの景色の変化に楽しくなってきているのもまた事実だった。新座市に通い始めること2年目。私のまだ知らない新座。今日はそれを確かめに行くのだ。清々しいほどに青々とした緑の畑を横目に、湿った空気の中を歩き続けた。
 立教大学から30分程歩いた頃だろうか。ようやっと新座駅にたどり着いた。雨の中の徒歩移動、そして慣れない道なだけあって勇ましく冒険でもしてきたかのような気分だった。しかし、ここで本日の目的地の場所を今一度確認しようとスマホで地図を開き、絶句することになる。この日私が目指していた「野火止用水史跡公園」と、新座駅からほど近い「野火止公園」との場所を勘違いしていたのだ!てっきり徒歩で「野火止用水史跡公園」に行くことができると思っていた私は、その駅からの離れ具合に面を喰らって静止してしまう。静寂の中を雨音が響いた。
 新座駅でまごついてから数分後、私は「野火止公園」にいた。交通機関を用いて本来の目的地へ向かってもよかったのだが、これも何かの縁だと思いそのまま歩みを進めたのだ。そこは私が思っていたよりも広い公園で、周りを繁った緑に囲まれていた。そのおかげか大きな道路の近くに位置しながらも、内側はなんだか別世界のようで、濃い草の匂いを嗅ぎながらその日の”目的”を探した。私の知らなかった新座の一面。それは、緑に覆われていたが音だけはよく聞こえていた。車よりも、雨音よりも、力強く鳴る水流の音。よく見える場所まで移動し、深い谷のように窪んだそこを覗き込む。たくましく流れるその用水は、まさしく新座の命であった。これだ、これが見たかったのだ。大学の講義で初めて知った、新座の歴史。その一端を私はそこで確かめた。
 公園から新座駅へと戻る帰り道、そこにはまた別の公園があった。スマホで調べてみるとその名を「野火止用水公園」という。ここまで似た名前の公園が新座に点在していることに思わず笑ってしまった。しかしそれは野火止用水が新座においてどれほど身近で、重要で、大切にされているのかの表れなのだと、感慨深くなった。その公園にも足を踏み入れる。そちらもまた緑が目にまぶしく、しかし用水の様子は先ほどの公園とは打って変わって静かだった。人工ではあるものの、小川のようにサラサラと水が浅い場所を流れ、雨粒を受けて波紋をその水面に描いていた。天からの恵みが用水に降り注ぎ、そして新座の地を流れ、潤す。その様が私には、新座の血脈のように思えた。新座のまちは鼓動し、生きている。小川のほとりには花菖蒲が凛と咲いていた。花言葉は「優雅」、「心意気」である。緑を育む水流、そのせせらぎの調べ、青々とした匂いに、肌に感じる湿っぽさ。私は五感で新座の生命を感じ、講義で学んだ野火止用水の歴史に思いを馳せた。
 新座駅から志木駅までの帰り道はバスに揺られていた。その日の帰り道はいつもと違っているように思えた。雨の中歩き続けた足を労りながら、今日知った新座の一面を反芻する。その血脈が流れる新座の地へと、あと2年半ほど私は通う。次に新座駅方面に赴いたときには、「野火止用水”史跡”公園」を訪れてみようかと思案して、立教大学と、そして新座とその生命に触れることができた縁が、雨音と共に心に響いた。