『現在、過去、未来』

跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部観光デザイン学科 2年
原田 伊万里

 

 新座市。そこは、私にとって特に思い入れのある地でもゆかりの地でもなんでもない、たった二年間通うだけの、家から電車で一時間、二回の乗り換えを要す不便で遠い場所。早く便利な都心のキャンパスに通いたい。入学が決まった当時の私はそのように思った。しかし、新型コロナウイルスの影響により一年間一度も通学することなくオンライン授業となり、キャンパスを使えないことへの寂しさとは裏腹に、睡眠時間を少しでも確保したい私は正直ラッキーとも思った。 

 二年生の春、ようやく家から新座駅までの定期を購入することになった。定期などまるで縁のなかった私にとってとても新鮮であった。定期を利用して新座駅に降り立った私は、忙しそうに行き交う学生とサラリーマンの多さに圧倒された。 

 夏のある日、車で大学の目の前を走る国道254号を通る機会があった。片側一車線の決して広くはない車道は急いでいる車にとって不便な印象であったが、しばらく走っていると緑の木々が立ち並ぶ川越街道へと変わった。こんなところにケヤキ並木があるとは。心にゆとりがなければ恐らく気が付くことはなかっただろう。母の運転でしばらくの間並木道を走っていたが、周りの景色は工場や大きな商業施設が点々としているだけで、都心にあるようなおしゃれなカフェがあるわけではない。しかし私はその並木道がなぜか印象強く、何度でも訪れてみたいと思った。どうやら私は、都会にはない、落ち着いた空間と陽の光がきれいに差し込む緑の木々の虜になったようだ。秋になったら赤い衣装を纏う木々へと変わるのだろうな、と想像しただけで早くあの道を通りたいという衝動に駆られる。 

 夏休みに入り、新座市のことをもっと知ろうと友人と市内を散策することになった。分散登校とは言え、学校と駅を往復するだけの日々であったことから新座市のことはまだまだ知らないことだらけ。特に目的地を決めているわけではなかったため適当に道を歩いていると、車通りの激しい道路の目の前に「コマメベーカリー(co-mame bakery)」というお店を見つけた。歩き疲れた私たちは無意識にそのお店へ足を踏み入れた。入ってみると店内はこぢんまりとしていて思っていたよりも小さかったが、サンドイッチや焼き菓子、地元の野菜や肉を使用した惣菜パンなど選ぶのに迷ってしまうほど種類が豊富でどれもおいしそうであった。中でも冷蔵エリアの一角に並べられた自家製プリンは、思わず目が惹かれるほど綺麗な黄色であった。迷わずそれを手に取り、外のテラスで友人と食べた。卵、牛乳、砂糖のみで作られ、余計なものは一切ないシンプルなカスタードプリンは程よく甘く、上品な味わいだった。コロナ禍であることもありお店の方から直接お話を伺うことはできなかったが、こだわりの詰まった優しい味に感動した。それと同時に、添加物を一切使わずに素材を生かした手作りパンを提供するお店の方のこだわりと真心を感じた。時折吹く少しムシっとした風の中、歩き疲れた体を癒すかのようによく冷えたプリンは一瞬のうちに喉を通過し、私の手には空っぽの容器だけが残されていた。 

 新座市。そこは、私にとって少しずつ思い入れのある地になりつつある。ケヤキ並木が美しく整列し、どこまでも続いていそうな川越街道。素材と真心にこだわる優しいパン屋さん。再び通学することができるようになったら、今度はゆっくりと時間をかけて新座市を散策しよう。今度は私にとってのゆかりを見つけるために。