『平林寺と幻の画家』

立教大学 経済学部経済政策学科 4年
古守 華奈

 

 2019年私が大学2年生の時、美術館巡りが趣味である母に誘われ、ある美術館に訪れた。恵比寿駅から10分ほど歩いたところに突然現れる美術館だ。そこでは日本画家・速水御舟の生誕125年記念の展覧会が開かれていた。速水御舟という人物をこの展覧会に訪れて初めて知った。代表的な作品「炎舞」を初めて目にし、ずっと見続けてしまうほど引き付けられるものがあったのを忘れない。暗闇の中で浮かび上がっている炎はリアルな一方で宗教的な表現が印象的だった。速水御舟は40歳で亡くなってからも「幻の画家」といわれ、没後は天才として高い声価を得ている。そんな多くの人を魅了する作品を生み出した速水御舟が30代半ばある場所に仮住まいし、制作のかたわら参禅して心の修養に努めていた。平林寺だ。

 平林寺は、新座駅から15分ほどバスに揺られた先に位置している。心地よい揺れにうとうとしていたところで運転手さんの平林寺~の声を聞いて慌ててバスを降りた。少し歩くとすぐにかやぶき屋根の門が見えてくる。木造の建物は素朴だが堂々とした佇まいだ。拝観料を払いパンフレットを手にして中へ進んでゆく。ついさっきまで雨が降っていたのか、足元には湿った石造りの道がまっすぐと伸び、進むべき道を示してくれている。金剛力士像が構えている山門を抜けると仏殿が居座っている。まるでお寺の見張り役のようだ。そんな仏殿を横目に通り抜けると中門が立ちはだかっている。総門を小さくしたような作りだが小さいと思わせないぞと言わんばかりの威厳があり存在感が大きい。中門の奥には本堂がある。速水御舟もかつてここでお経を唱えていたのだなぁと思いながら一度目をつむってみた。木々が風で揺れさわさわとかすれる音、濡れた木々の香り、スゥっと涼しい風が顔に当たり何だかと時がゆったりと流れているように感じた。自分が普段いかにせわしない生活を送っているのか。この空間はどんな時でも訪れる者を静かに向かい入れ、外が騒がしくてもずっと変わらずゆったりと構えているのだろう。深呼吸をしたところでポタリと顔にしずくが落ちた。再び雨が降ってきたようだ。傘を差し、もう少し歩いてみる。池を通り過ぎいくつものお墓を抜ける。このお寺は沢山の歴史を潜り抜けてきたのだとお墓の数が物語っている。更に奥へ進んでいくとようやく今回のお目当てのスポットにたどり着いた。境内林の遊歩道だ。林は広く遠くまで続きひんやりとした空気が自分を包み込む。乱雑に並んでいるようで一本一本が青々とした葉っぱをたくさんつけ丁寧に手入れされているのだと分かる。平林寺の境内林は速水御舟の作品の一つ「丘の並木」のモデルにもなっている。一直線に並んだ樹木四本が丘の上に立ち、もの寂しいながらも立体感とすがすがしさを感じる作品だ。速水御舟はこんな言葉を残している。「私は自然を徹底してみようと思った。自然のまま、草木の葉の葉脈までも微細に見なければ安心できないと思った。小さな自分の主観は夢だ、現実に即して徹底していこうと、努力して行った。これは非常に苦痛なことであった」(速水御舟『絵画の真生命』中央公論美術出版1996年)。40歳で亡くなるまで、己の画道を突き詰めていた。そこに徹底的に向き合っていくために、自然の中にある平林寺に身を置き修養を行っていたのだと思った。実際に足を運んだからこそ、そのように思う。そんな日本の幻の画家を生み出したともいえる場所、それが新座市にある平林寺だ。