『ふたたび、ただいまー新座のやさしさに包まれて』
跡見学園女子大学観光コミュニティ学部観光デザイン学科
田上 由奈
私にとって新座は「旅先」というよりも、「もう一つのふるさと」だ。幼い頃、週末になると私は家族に連れられて、祖父母の暮らす新座市の家を訪れた。駅から少し離れた静かな住宅街。祖父母の趣味は畑仕事で、季節ごとに様々な野菜や果物を育てていた。私の小さな手には重たいジョウロやスコップが大きすぎたけれど、それでも「お手伝い」と称して畑に出るのが楽しかった。土の匂い、風の音、時折飛んでくる虫にびっくりして泣きそうになりながらも、祖父母と一緒に汗をかいて過ごした時間は、今思えばかけがえのない記憶だ。それと同じくらいよく覚えているのは、畑に来るたびに近所のおじさんやおばさんが声をかけてくれたこと。育てた野菜を交換したり、手伝いの輪が自然と広がっていたり。そうした日常の中で、新座の人々のやさしさや温かさに私はいつも触れていた。中学・高校に進学するにつれ、次第に畑へ足を運ぶことも少なくなった。部活や勉強、友達付き合いで忙しくなると、自然と新座との距離は遠のいていった。けれどその土地の記憶はずっと心のどこかに残っていた。そして大学生になった今、私はふたたび新座の地に戻ってきた。大学のキャンパスが新座にあると知ったとき、不思議なめぐりあわせを感じた。「おかえり」と言われたような気がしたのだ。子供の頃の視点とは違う、大人の視点で再び新座を歩いてみると、以前は気づかなかったものが目に入るようになった。入学式の日、大学の敷地内には満開の桜が咲き誇っていた。花びらが舞う光景は、まるで「新生活」を祝福してくれているようだった。その瞬間から、私はこの町の自然の美しさに改めて惹かれはじめた。
ある春の日、ふと思い立って家族で久しぶりに「平林寺」へ足を運んだ。幼いころに一度だけ連れてきてもらった場所。境内に一歩足を踏み入れた瞬間、街の喧騒がすっと遠のき、静寂に包まれた。柔らかな木漏れ日が地面に揺れ、鳥のさえずりが耳に届く。時々吹き抜ける風が、ほんのりと草木の香りを運んできて、思わず深呼吸をした。平林寺には派手な見どころは無いかもしれない。しかし、この空間には「考えなくてもいい時間」が流れている。スマホの画面も、時計の針も気にならなくなる。ただそこにいるだけで、心が少しずつ軽くなっていく。私はこの場所の少しひんやりとして、でもどこか懐かしい空気感がとても好きだ。やっぱり新座はいい街だと再確認した。
新座市は、東京のすぐ隣にありながら、豊かな自然と人のぬくもりを感じられる場所だ。ただの通過点ではなく、立ち止まって耳を澄ませば、ここに残る風景や声に出会える。大学生活が始まり、目まぐるしい日々の中でも、時々私は平林寺へ足を運ぶ。ひとりで、家族で何も考えずに歩く時間が、今の私にはとても大切だ。新座は、そんな心に余裕をくれる町なのだ。この町でまた新しい思い出が子供の頃とは違う形で増えていく。しかし変わらないのは、新座の持つやさしさ、自然、風と人の声。そのすべてが、私にとっての「ただいま」の場所になっている。
