『このマウンド、この街、僕の4年間』

立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年
坂本 武紗士

 

 北海道の雪のグラウンドで、白い息を吐きながら白球を追いかけていた小さな頃の自分に、今の僕を見せてやりたい。お前はいつか、埼玉県新座市で全てをかけて投げることになるんだと教えてやりたい。
立教大学に入学した理由はただ一つ。リーグ戦で勝って、神宮球場のマウンドに立つこと。チームの仲間と勝利を分かち合うその瞬間を目に焼き付けるために、埼玉県新座市北野一丁目にある立教大学新座キャンパスを選んだ。
正門を抜け西側を真っ直ぐ行ったところで初めて新座キャンパスの野球グラウンドに立ったとき、監督に教えてもらった。「ここは神宮球場と同じ方角を向いて作られているんだ」。その言葉を聞いた瞬間、この土の上で投げる一球一球が神宮につながっていると信じた。新座グラウンドは人工芝でとても手入れがされてあり大事にされているグラウンドだと感じた。
新座キャンパスでの生活は、まさに野球中心だった。授業が終わるとすぐに大学近くの寮に戻り、道具を握ってグラウンドに向かう。投げて走って汗を流し、仲間と笑って、時にはぶつかって、泥だらけのユニフォームで寮に帰るのが日常だった。北海道の冬とは全く違う、汗と土の匂いに包まれたこの街の空気が、次第に自分の居場所になっていった。
しかし、順調な毎日ばかりではなかった。二年の春、肩に違和感を覚えながらも投げ続けた結果、ついにボールが握れなくなった。夜の新座キャンパスのブルペンに一人残り、誰にも見られないように涙をこらえた。夢が遠ざかっていく怖さを初めて知った。
ようやく肩のリハビリが形になり始めた頃、無理なフォームが祟って今度は腰を痛めた。腰に走る鈍い痛みにマウンドに立つのが怖くなり、眠れない夜が続いた。「もう自分には無理かもしれない」と弱気な声が心の奥で響いた。
そんなとき、僕を支えてくれたのが、キャンパス近くの寮の管理人さんだった。夜遅く、泥だらけの体で戻ると「おかえり。無理するなよ」と笑ってくれた。部屋にこもりがちな僕に、「これ食べて元気出せ」とおにぎりをドアの前に置いてくれた。北海道の両親には言えない弱音を、管理人さんの背中にだけはこっそり吐いていた。
仲間の存在も大きかった。「お前がいないと困るんだぞ」――肩も腰も痛いのに、笑ってそう言ってくれた仲間がいたから、僕は再びマウンドを目指すと決められた。
神宮球場と同じ方角を向いたこのグラウンドから離れるのが一番怖かった。けれど、痛みを抱えながらもブルペンに立つたびに、心は少しずつ戻っていった。キャッチボールの感触が、確かに自分をマウンドに引き戻してくれた。
迎えた四年生最後のリーグ戦。埼玉県新座市北野一丁目のこの場所で流した汗と涙を全部胸にしまって、神宮を思い浮かべながらマウンドに立った。肩も腰も万全ではなかったけれど、もう怖くなかった。最後の打者を打ち取った瞬間、涙が止まらなかった。グラウンドの土が、あたたかく感じた。
北海道から飛び出して、この新座の街で泣いて笑って、何度も折れかけて、それでも投げ続けた四年間。野球のためだけに来た場所が、いつの間にか僕の心の拠り所になっていた。
これからどこで生きていても、新座キャンパスのグラウンドと、寮の玄関の灯り、そして管理人さんの「おかえり」は、ずっと僕の背中を押してくれるだろう。
この街、このマウンド、この四年間に、心からありがとうを伝えたい。