『ある上京学生の手紙』

立教大学 観光学部観光学科 2年
千葉 正太朗

 

 お久しぶりです。お元気ですか。こちらに越して来てから早くも一年が過ぎました。僕は、もうすっかり馴染んだキャンパスで日々楽しく過ごしています。初めての一人暮らしの地、新座にもだんだんと慣れてきました。暇な時はちょっと散歩に出るときもあります。先日も雨の間を縫って差し込んだ日差しに誘われてふらっとでかけてきました。その時にふと魅力的な場所を見つけたので、ぜひともお伝えしたいと思い、筆を執った次第です。
 僕が普段使う東武東上線で、北朝霞駅を通り過ぎて朝霞駅までの途中、レールは一つの川を渡ります。黒目川というそうです。車窓から見えるのはほんの一瞬なのですが、桜の木が並んだ河川敷の雰囲気が何とも趣があるのです。鉄橋がかかるのは新座の隣の市ですが、川自体は新座市も通って流れているそうで、それならいつか川端を歩いてみたいと思っていたのです。
 先日の散歩では、そんなことはすっかり頭になく、ふらっと家を出たのでしたが、途中でその川のことを思い出し、地図を見ながら少々遠いらしい黒目川を目指して歩いたのでした。少し歩きすぎたな、とクタクタになりながら歩いていると、川の音が聞こえてきました。そして河川敷にでると、黒目川と書かれた看板が目に入りました。「あぁ、ここがあの黒目川かァ」と妙に嬉しくなっていましたが、市場板橋とかいう橋を過ぎて上流へ少し行ったあたりで黒目川に流れ込む小川を見つけました。何だろうと思い、せっかくの発見をよそに僕はそちらに足を向けたのです・・・
 少し登ると、そこは沢になっていました。看板に妙音沢の文字が見えます。説明書きによると、そこは湧水が溢れている沢で、平成の名水百選に選ばれているとのことでした。なるほど、とても澄んだ水がサラサラとながれています。さて、この妙音沢には遊歩道があります。北海道の湿地帯で見られるような、ああいう木組みの遊歩道が沢の上を這っているのです。そのおかげで、森の中を流れる沢を上から見下ろすことができ、水の清らかさを一層感じ取ることができます。沢は広がったり狭くなったりしながら、数十メートルほど続いていました。奥の方に行くと、本当の渓流の中にいるようでした。まだこちらに越してくる前、そちらにいる頃はよく渓流釣りに行ったものですが、その時に僕が通っていた川の写真を思い出してみてください。ああいう川の感じがしたのです。上を見上げれば、新緑の木々が空を覆わんばかりに腕を伸ばしています。一瞬、通い慣れたあの渓流にいるかのような感じを覚えました。もし、こちらに来られた際は、ぜひとも案内したいと思います。下宿先から少々距離があるのが難点ですが、きっとそれ以上の安らぎを与えてくれます。
 それにしても、下宿先から少々歩くとはいえ、近くにこんなにいいところがあるとはつい先日まで知りませんでした。雨の日が続き、家に籠る生活が続いていたので、ちょうど故郷のことが頭をめぐっていたところでした。そんな折に偶然見つけた沢で故郷の懐かしい渓流を感じることができ、感激でした。また出かけてみようと思います。夏には水辺で涼むのに気持ちよさそうですし、秋は秋で紅葉の中を流れる清流を楽しむというのも非常に趣があるでしょう。本当にいい場所を見つけました。
夏の長期休業にはまた帰ることができそうです。その時は、あの懐かしい川で太公望にでもなって釣り糸を垂らしながら故郷の空気をたっぷりと味わいたいと思っています。
 これからはウンザリするような暑い天気が続くでしょう。どうかご自愛ください。
それでは。
(学生の名前が書かれ、この手紙は閉じられている)