初詣レポート 大和田氷川神社と普光明寺

 平成20年 1月 1日

 NHKの紅白歌合戦が終わり、久し振りに大和田四丁目にある氷川神社へ初詣に、出かけてみました。

 日本列島は寒気団にすっぽりつつまれて、各地は大雪に見舞われ、冷え込みの厳しい中でしたが、平成20年の初春を大和田の鎮守で迎えました。

  ここ氷川神社は、平安時代の創建と言い伝えられる歴史ある神社で、江戸時代の後期から夏の祭礼「はだか神輿」(7月)と祭囃子が今日に受け継がれています。

  参拝者は善男善女、親子連れ、若者のカップルが拝殿前から参道へ続いて、境内前の県道川越・新座線の歩道まで数百メートルもつながる長蛇の列でした。

  境内は、前年の古い達磨を焚き上げの火の中へ投じる人。新しい達磨を購入する人。破魔矢を購入する人。参拝の列に並ぶ人。参拝を終えて一息ついている人などで賑わっていました。

 拝殿近くで参拝後の方々に聞いてみました。良い年になります様に。家内安全。結婚!志望校に受かります様に、等など。多かったのは年金のことでした。願い事は人それぞれです。

 氷川神社に隣接する鎌倉道(街道)を挟んだ、奈良時代の創建と伝えられる普光明寺に、鳴り響く除夜の鐘に誘われてお参りに寄りました。「千体地蔵さま」伝説の地です。

 要約すると、エゾ(東北地方)を征伐した英雄坂上田村麻呂は地蔵信仰をしていたといい、肌身離さずお守りにしていた地蔵さまを普光明寺に納めました。

  その後の鎌倉時代、源頼朝も地蔵を信仰しており、征夷大将軍になれたのは地蔵さまのお守りのお陰だと喜び、地蔵千体をつくり、お寺に納めたいと常日頃言っておりました。

 頼朝の子、頼家は父の遺志を受け継ぎ、将軍官位大願成就祈願のため千体の地蔵さまを大和田普光明寺に納めました。そして、納める時に「33年ごとに開帳すべし」と言ったと伝えられているものです。

  以後地蔵堂は33年ごとに開扉され、次回は平成37年になります。鐘の音を背に受けながら、鎌倉道を歩く家路への途中、神社の境内に寒桜が咲いておりました。年明けの新たな発見です。
  

大和田氷川神社 拝殿前で待つ
神職一同 参道の人々
参道の人々 手水で清め
篝火を囲んで 福ダルマ
屋台 普光明寺
普光明寺山門
千体地蔵が安置されているお堂
千体地蔵が安置されている普光明寺地蔵堂
境内内の寒桜
氷川神社境内に咲く寒桜


 新座市観光都市づくり推進市民会議委員  渡邊 靖弘さんのレポートでした。